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棚田って何?

棚田とは

静岡棚田シーン

【静岡県企画動画集】静岡棚田シーン
■棚田入門:棚田シーン第1章「棚田とは」

※以下のアドレスで「静岡県棚田シーン全6章」がご覧になれます!
http://www.youtube.com/user/shizuokatanada

 

一般的に棚田とは、傾斜地に階段状をなし、畦畔(けいはん=あぜ)をつけてひらかれた小区画の水田の総称です。日本の棚田研究の第一人者・中島峰広(NPO法人棚田ネットワーク代表)は、棚田の面積を量的に把握する必要から、農水省が1988年に実施した「水田要整備量調査」で対象とした〈傾斜1/20(水平方向に20m進んだときに1m高くなる傾斜)以上の土地にある水田〉を棚田として分布図を作成し、以後これが棚田の定義として普及しました。

棚田の形態は法面(のりめん)を土で固めた“土坡(どは)”と、石で積んだ“石積み”の二つに大別されます。東日本一帯に存在する土坡に対して、西日本一帯では石積みを主体に法面が築造されています。石部の棚田は、東日本では珍しい石積の棚田で、傾斜角度は約1/6になります。

棚田は米を生産する場としてだけでなく、その様々な機能や文化的価値が近年注目されています。棚田の保水機能や洪水調整や地すべり防止機能は、長年日本という国土の保全に役立ってきました。

また、生き物のゆりかごとも例えられる棚田は、多種多様な小動物、昆虫、植物が複雑な生態系をつくり、自然と人という循環型社会のモデルとしても再評価されています。

特に、石部は棚田と海が近く、 棚田の保水機能で滋養のある水が海へ流れ、近海にいわしを育て、そのいわしをエサにして、駿河湾のカツオ漁を行なうという日本の伝統的文化の原型を端的に示していました。

棚田がなくなるということは、日本を失うということなのです。

【参考】NPO法人棚田ネットワークHP:「棚田とは」

NPO法人
棚田ネットワーク代表
早稲田大学名誉教授
中島峰広

中島峰広

荒廃地から蘇った棚田

米づくりが盛んだった1960年代、伊豆半島の西海岸を航行する船舶は松崎町石部の棚田が収穫を迎える頃、山の斜面が黄金色に輝く光景をみたはずです。

しかし、それから40年、米づくりの環境は激変、米の生産調整、民宿ブーム、そして過疎・高齢化による労力不足などで富士山を望むこともできる棚田は放棄され、盛時の数パーセントを残すのみとなったのです。

石部の棚田は、京都府伊根町新井の棚田とともに、百選の候補に選ばれながら、50%以上が放棄されている理由で選定されなかった数少ない棚田の一つでした。

そんな石部の棚田に転機が訪れます。「静岡県棚田等十選」に選ばれた1999年、現状を憂う心ある地元民が立ち上がり、藪を払い復田しはじめたのです。復田は初年度の12aを皮切りに着実に進み、石部の棚田は再びもとの姿を取り戻し、石積みが重なる水田に蘇ったのです。

現在、石部のオーナー制度は、農業体験を目的とするオーナー会員が100組、保全を目的とするトラスト会員は50組をこえています。また、畦きり、畦塗りのために毎年富士常葉大学の学生さん達がボランティアとして訪れ。重労働の作業を手伝っています。このような外部からの力が復田に関わった地元民の棚田を保全する意欲を高めています。願わくは、さらに多くの力が結集され、地元民の意欲を萎えさせないような盛り上がりを望むものであります。

 

棚田保全関連団体:

棚田学会 全国棚田(千枚田)連絡協議会 NPO法人棚田ネットワーク