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石部棚田の特徴と歴史

棚田は身近な文化遺産

棚田、棚田と簡単に言いますが、棚田は一朝一夕にできあがったものではありません。平坦な農地がないため、傾斜地を開墾し、ひとつひとつ石を積み上げながら、何百年もかけて築かれたものなのです。世界遺産のように有名ではないけれど、私達の祖先が何世代にもわたって築いた、すばらしい文化遺産であることに変わりはないのです。

強固な石積みによって作られた石部の棚田

西伊豆の松崎町石部(いしぶ)地区の集落入口から山に向かって約1.5q遡った所、標高120〜250mの範囲に4.2ha、枚数にして約370枚の棚田が広がっています。

昭和30年代には、枚数約千枚、総面積は10haにもおよんでいました。伊豆半島の農地は、地形上、その多くが棚田形式ですが、そんな伊豆半島においても、これほどまとまった棚田には、なかなかお目にかかれなかったでしょう。

石部では、傾斜が急であること、良質な石が手に入りやすかったことから、石積みによる棚田が造成されました。

こんな石部の棚田ですが一度だけ、大災害に見舞われたことがあります。江戸時代後期、文政年間(1820年代)の頃、突然山津波が発生し、石部一帯は石河原と化したそうです。もちろん、棚田も跡形もなく崩れ落ちました。現代の棚田は、この大災害の後、約20年をかけて復田されたものです。

そんな現代まで引き継がれた石部の棚田ですが、平成に入り、徐々に耕作面積を減らし、平成11年には90%が耕作放棄され、茅が密生してしましました。

 

戦後すぐの昭和20年代頃。石部は西伊豆のちっぽけな漁村でした。交通も不便で、生活はかなり苦しかったようです。農作業は主に女性が担当しました。この頃はどの棚田にも稲穂が実り、収穫の頃は素晴らしい景観だったといいます。

 

平成のはじめ頃には、耕作を続ける田はまだ多くありました。

  

*下段写真提供:Kiyoku